経済学・経済政策
最優先雇用と物価水準
AD-AS、インフレ、失業、フィリップス曲線を頻出論点として扱う。
この章で覚えておきたいこと
雇用と物価水準は、マクロ経済の中でも出題参照が多い最重要論点です。単語を個別に覚えるだけではなく、総需要と総供給のどちらが動いたか、短期と長期のどちらを見ているか、名目値と実質値のどちらを聞かれているかを切り分けます。
- 失業率は、完全失業者を労働力人口で割って求めます。人口全体や20歳以上人口で割りません。
- 失業は、摩擦的失業、構造的失業、循環的失業に分けて原因を読みます。
- インフレは貨幣の購買力を下げ、デフレは貨幣の実質価値を上げます。
- AD-AS分析では、ADの右シフトは短期的に実質GDPと物価を押し上げ、ASの左シフトは物価上昇と実質GDP低下を同時に起こしやすいです。
- 短期ASが右上がりになる理由は、名目賃金の硬直性により、物価上昇で実質賃金が下がり、労働需要と産出が増えるためです。
- 古典派モデルや長期では、ASは完全雇用GDPの水準で垂直に描かれます。
- 短期フィリップス曲線は、失業率とインフレ率のトレードオフを表します。
- 自然失業率仮説では、長期に失業率とインフレ率の恒常的なトレードオフはありません。
- 期待インフレ率が上がると、同じ失業率でもインフレ率が高くなり、短期フィリップス曲線は上方へ移動します。
- 効率賃金やメニュー・コストは、賃金・価格の硬直性を説明する代表的な考え方です。
試験では、グラフの形を暗記するだけでなく、「物価が上がる -> 実質貨幣供給が減る -> 利子率が上がる -> 投資が減る -> ADは右下がり」のように、因果の鎖を追う問題が多く出ます。失業、物価、賃金、政策効果を同時に聞かれても、曲線のシフト、曲線上の移動、短期と長期の区別を順に確認すれば解けます。
基本知識
失業率と労働力人口
失業率は、労働力人口に占める完全失業者の割合です。
労働力人口は、就業者と完全失業者の合計です。働く意思がなく求職活動もしていない人は、非労働力人口であり、失業率の分母にも分子にも入りません。
一次試験では、失業率の分母を「総人口」「20歳以上人口」「生産年齢人口」とする選択肢が出やすいです。正しくは労働力人口です。2020年第8問でも、この分母の取り違えが問われています。
失業の種類
失業は、原因によって次のように分けます。
| 種類 | 原因 | 試験での見分け方 |
|---|---|---|
| 摩擦的失業 | 転職・就職活動に時間がかかること | 労働市場が正常でも発生する |
| 構造的失業 | 産業構造や技能のミスマッチ | 賃金が伸縮的でも残りうる |
| 循環的失業 | 景気後退・総需要不足 | 需要不足失業とも呼ばれる |
摩擦的失業は、企業と労働者のマッチングに時間がかかるために生じます。労働市場が正常に機能していても発生するため、「市場が悪いから必ず発生する」とは限りません。
構造的失業は、産業構造の変化や技能のミスマッチで発生します。たとえば、ある産業で労働需要が減り、別の産業で需要が増えても、技能や地域が合わなければ失業が残ります。
循環的失業は、景気後退による総需要不足から生じる失業です。2007年第6問では、需要不足失業が循環的失業に対応することが問われています。
インフレとデフレの基本
インフレは、一般物価水準が継続的に上昇することです。デフレは、一般物価水準が継続的に下落することです。
インフレが起こると、貨幣の購買力は低下します。名目額で固定された所得や債権を持つ人は、実質的な価値が目減りします。一方、名目額で債務を負っている人は、返済する金額の実質負担が軽くなるため、有利になりやすいです。つまり、インフレは債権者から債務者への実質所得移転をもたらします。
デフレでは逆です。貨幣の実質価値が上がり、名目債務の実質負担が重くなります。そのため、デフレは債務者から債権者への実質所得移転をもたらします。
デフレで将来も物価が下がると予想されると、家計や企業は「後で買った方が安い」と考えて支出を先送りしやすくなります。支出の先送りは総需要をさらに弱め、デフレ・スパイラルにつながることがあります。
名目利子率、実質利子率、期待インフレ率
インフレを利子率と結びつけるときは、フィッシャー方程式を使います。
ここで、i は名目利子率、r は実質利子率、\pi^e は期待インフレ率です。実質利子率を求めるときは、近似的に次のように読み替えます。
名目利子率が一定なら、期待インフレ率が高くなるほど実質利子率は低くなります。2013年第9問では、この関係が問われています。
デフレでは、期待インフレ率がマイナスになります。名目利子率があまり下がらない状況では、実質利子率が高くなり、投資を抑えやすくなります。2016年第7問のように、「デフレは実質利子率を低下させて投資を刺激する」という選択肢は誤りです。
AD-AS分析の基本
AD-AS分析では、縦軸に物価水準、横軸に実質GDPを取ります。総需要曲線ADは右下がり、短期総供給曲線ASは右上がりで考えるのが基本です。
ADは、家計の消費、企業の投資、政府支出、純輸出などの総需要を表します。金融緩和、政府支出の増加、減税はADを右へ動かしやすいです。金融引締め、政府支出の削減、増税、信用収縮はADを左へ動かしやすいです。
ASは、企業が各物価水準でどれだけ供給するかを表します。技術進歩、資本ストックの増加、労働人口の増加はASを右へ動かしやすいです。原材料価格の上昇、名目賃金率の上昇、労働供給の減少はASを左へ動かしやすいです。
需要側の変化か、供給側の変化かで、物価と実質GDPの動きは変わります。
| 変化 | 曲線 | 物価水準 | 実質GDP |
|---|---|---|---|
| 金融緩和・減税・政府支出増加 | AD右シフト | 上昇 | 増加 |
| 金融引締め・増税・政府支出削減 | AD左シフト | 低下 | 減少 |
| 技術進歩・資本増加・労働人口増加 | AS右シフト | 低下 | 増加 |
| 原材料価格上昇・賃金コスト上昇 | AS左シフト | 上昇 | 減少 |
物価上昇だけを見て「景気拡大」と決めてはいけません。ADの右シフトなら物価と実質GDPがともに上がりやすいですが、ASの左シフトなら物価が上がって実質GDPは下がります。後者はスタグフレーションの整理に近いです。
ADが右下がりになる理由
ADが右下がりになる理由は、物価水準と実質貨幣供給の関係から説明できます。
名目貨幣供給を M、物価水準を P とすると、実質貨幣供給は M/P です。物価が上がると、同じ名目貨幣量でも実質貨幣供給は減ります。貨幣市場では利子率が上がりやすくなり、投資が減り、総需要が縮小します。したがって、物価が高いほど需要される実質GDPは小さくなり、ADは右下がりになります。
因果は次の順で押さえます。
- 物価水準が上がる。
- 実質貨幣供給
M/Pが減る。 - 利子率が上がる。
- 投資が減る。
- 総需要が減る。
2018年第8問では、この因果がそのまま問われています。物価上昇で実質貨幣供給が「増える」とする選択肢や、利子率低下で投資が「減る」とする選択肢は、因果の向きが逆です。
ADの傾きは、貨幣需要や投資が利子率にどれだけ反応するかでも変わります。投資の利子弾力性が大きいほど、利子率変化が投資へ強く波及するため、ADは平坦になりやすいです。一方、流動性のわなでは、貨幣供給や物価が変わっても利子率が下がりにくく、投資が増えにくいため、ADは垂直に近くなります。
短期ASが右上がりになる理由
短期ASが右上がりになる代表的な理由は、名目賃金の硬直性です。
短期には名目賃金がすぐに調整されないと考えます。このとき物価が上がると、名目賃金が同じでも実質賃金は下がります。実質賃金が下がると、企業にとって労働を雇う費用が相対的に低くなるため、労働需要が増え、生産量も増えます。そのため、物価が高いほど供給される実質GDPが増え、短期ASは右上がりになります。
因果は次の順です。
- 物価水準が上がる。
- 名目賃金が硬直的なので、実質賃金が下がる。
- 企業の労働需要が増える。
- 雇用量が増える。
- 生産量が増える。
2015年第7問、2018年第8問、2023年度再試験第10問では、この名目賃金の硬直性と短期ASの右上がりが繰り返し問われています。実質賃金が硬直的だからASが右上がりになる、という説明は標準的な説明ではありません。
ASのシフト要因
ASのシフトは、供給能力や生産コストの変化で考えます。
技術進歩や資本ストックの増加は、同じ物価水準でより多く生産できるようにするため、ASを右へ動かします。グラフ上で「下方シフト」と表現されることもありますが、意味は「同じ産出量をより低い価格で供給できる」「同じ物価でより多く供給できる」です。
原材料価格の上昇や名目賃金率の上昇は、生産コストを高めるため、ASを左へ動かします。グラフ上で「上方シフト」と表現されることもあります。2015年第7問では、技術進歩はASを下方へ、原油価格高騰はASを上方へ動かすという形で問われています。
少子高齢化で労働供給が弱まる場合、供給能力は低下しやすいので、ASは右ではなく左へ動く方向で考えます。一方、労働人口の増加は生産要素の増加なので、ASを右へ動かし、実質GDPを拡大させる要因です。
短期ASと長期AS
短期と長期では、ASの形が違います。
短期ASは、名目賃金や価格の調整が遅れるため右上がりになります。物価上昇で実質賃金が下がり、雇用と産出が増えるからです。
長期ASは、完全雇用GDPの水準で垂直になります。長期には名目賃金や物価が調整され、実質賃金、雇用量、生産量は実物的な条件で決まると考えるためです。
古典派モデルでは、労働市場が実質賃金率の調整で均衡し、完全雇用が実現します。そのため、物価水準が変化しても名目賃金率が同率で変われば、実質賃金率は変わりません。雇用量も生産量も変わらず、ASは完全雇用GDPの水準で垂直になります。
2022年第7問では、名目貨幣供給が増えても物価と名目賃金率が同率で上がり、実質GDPには影響しないという古典派モデルの整理が問われています。ここでは、政策で実質GDPが増えるかではなく、名目変数と実質変数の区別が重要です。
フィリップス曲線
フィリップス曲線は、失業率とインフレ率の関係を表します。通常、横軸に失業率、縦軸にインフレ率を取ります。
短期フィリップス曲線は右下がりです。失業率が低いと、労働市場がひっ迫し、賃金や物価が上がりやすくなります。失業率が高いと、需要不足や賃金上昇圧力の弱さから、インフレ率は低くなりやすいです。
2008年第3問、2012年第3問では、失業率と物価上昇率の散布図や時系列グラフから、短期フィリップス曲線的な関係を読む問題が出ています。ここで注意するのは、オークンの法則との混同です。オークンの法則は、失業率とGDPギャップ・産出量の関係を述べるものであり、失業率と物価上昇率の関係ではありません。
ただし、現実のデータは常にきれいな右下がりになるとは限りません。供給ショックや期待インフレ率の変化があると、失業率とインフレ率が同時に高くなることもあります。失業率とインフレ率がともに高い状況は、リフレーションではなくスタグフレーションです。
期待インフレ率と自然失業率仮説
自然失業率仮説では、短期と長期のフィリップス曲線を分けて考えます。
短期には、失業率とインフレ率の間にトレードオフが成立しうると考えます。たとえば、総需要拡大策によって実際のインフレ率が期待インフレ率を上回ると、企業は生産を増やし、失業率は自然失業率より低くなることがあります。
しかし、長期には期待が調整されます。人々が高いインフレ率を織り込むと、同じ失業率でも賃金や価格が上がりやすくなり、短期フィリップス曲線は上方へ移動します。結果として、失業率を自然失業率より低く保ち続けることはできず、長期フィリップス曲線は自然失業率のところで垂直になります。
自然失業率は、現実のインフレ率と期待インフレ率が等しいときの失業率です。
| 状況 | インフレ率の関係 | 失業率の関係 |
|---|---|---|
| 需要が強い | 現実のインフレ率 > 期待インフレ率 | 失業率 < 自然失業率 |
| 自然失業率 | 現実のインフレ率 = 期待インフレ率 | 失業率 = 自然失業率 |
| 需要が弱い | 現実のインフレ率 < 期待インフレ率 | 失業率 > 自然失業率 |
2019年第9問、2022年第10問、2024年第12問では、この対応が繰り返し問われています。「現実のインフレ率が期待インフレ率を上回ると失業率は自然失業率より高くなる」という選択肢は逆です。
自然失業率には、摩擦的失業や構造的失業が含まれます。したがって、長期的に失業率がゼロになるわけではありません。また、自然失業率は非自発的失業率と自発的失業率を単純に足したものでもありません。
効率賃金と賃金の硬直性
効率賃金理論は、企業が均衡賃金を上回る賃金を支払うことで、労働者の努力、定着率、健康状態、採用の質などを高め、生産性を上げようとする考え方です。
この理論では、企業は単に賃金を低く抑えるのではなく、賃金1単位あたりで得られる効率を見て賃金を決めます。賃金を上げると労働者の効率が低下する、と考えるのではありません。
効率賃金を支払う企業は、景気が悪くなっても賃金を下げにくくなります。優秀な人材の確保や努力水準の維持を重視するためです。そのため、効率賃金は賃金の下方硬直性の要因になります。
2012年第10問、2016年第6問、2020年第9問では、効率賃金理論が繰り返し問われています。「均衡賃金ちょうどを支払う理論」「均衡賃金を下回る賃金で生産性が上がる理論」とする選択肢は誤りです。
価格の硬直性とメニュー・コスト
価格の硬直性は、価格がすぐに変わらない性質です。代表的な説明がメニュー・コストです。メニュー・コストとは、価格表の変更、システム更新、顧客への周知、価格戦略の再設計など、価格を変更するためにかかる費用や手間のことです。
メニュー・コストが高いほど、企業は価格を頻繁に変えにくくなります。消費者属性ごとに細かく価格を設定する場合、価格管理の手間が増え、価格硬直性につながることがあります。
一方、SNSクーポンのように価格変更や割引を簡単に行える仕組みは、価格改定の手間を下げるため、価格硬直性を弱める方向に働きます。2020年第9問では、この方向が問われています。
この章のまとめ
雇用と物価水準の問題は、まず論点を分類します。失業統計なら分母と失業の種類、インフレ・デフレなら実質価値と所得分配、AD-ASなら動く曲線、フィリップス曲線なら短期と長期を確認します。
AD-ASでは、次の順で考えると安定します。
- 需要側の変化か、供給側の変化かを決める。
- ADまたはASのどちらが動くかを決める。
- 右シフトか左シフトかを決める。
- 物価水準と実質GDPの方向を読む。
- 雇用、失業率、インフレ率への波及を確認する。
典型的なひっかけは、次のとおりです。
- 失業率の分母を人口全体にする。
- 需要不足失業を摩擦的失業や構造的失業とする。
- デフレで実質利子率が下がるとする。
- 物価上昇をすべて景気拡大とみなす。
- ADの右下がりとASの右上がりの因果を逆にする。
- ASのシフトと短期AS上の移動を混同する。
- 短期フィリップス曲線と長期フィリップス曲線を混同する。
- 自然失業率を失業率ゼロと考える。
- 効率賃金を「低賃金で効率化する理論」と考える。
最後に確認する式と関係は、次の4つです。
- 失業率 = 完全失業者 ÷ 労働力人口
- 実質貨幣供給 = 名目貨幣供給 ÷ 物価水準
- 実質利子率 ≒ 名目利子率 - 期待インフレ率
- 自然失業率では、現実のインフレ率 = 期待インフレ率
一次試験過去問での出方
2007年 第6問では、需要不足失業が循環的失業に対応することが問われています。
2008年 第3問では、失業率と物価上昇率の関係を示すデータから、短期フィリップス曲線的な関係を読み取る問題が出ています。
2008年 第10問では、景気変動、物価、雇用に関する基本的な理解を組み合わせて判断する問題が出ています。
2012年 第3問では、失業率と物価上昇率の関係について、フィリップス曲線とオークンの法則を混同せずに読むことが問われました。
2012年 第10問では、効率賃金理論について、均衡賃金を上回る賃金を支払う理由と賃金の硬直性が問われています。
2013年 第5問では、物価や雇用に関するマクロ経済の基本概念を、統計や政策効果と結びつけて判断する問題が出ています。
2013年 第9問では、名目利子率、実質利子率、期待インフレ率の関係をフィッシャー方程式で読む問題が出ています。
2015年 第7問では、技術進歩や原油価格高騰による総供給曲線のシフトと、短期ASが右上がりになる理由が問われました。
2015年 第8問では、AD-AS分析を使って、需要側・供給側の変化が物価水準と実質GDPに与える影響を判断する問題が出ています。
2016年 第6問では、効率賃金理論と賃金の下方硬直性について、企業が高い賃金を支払う理由が問われています。
2016年 第7問では、デフレが実質利子率や投資に与える影響について、期待インフレ率がマイナスになる場合の読み方が問われました。
2018年 第8問では、物価上昇から実質貨幣供給、利子率、投資、総需要へつながる因果と、短期ASの右上がりの理由が問われています。
2019年 第8問では、AD-AS分析を用いて、総需要や総供給の変化が物価と産出に与える方向を判断する問題が出ています。
2019年 第9問では、自然失業率仮説について、現実のインフレ率、期待インフレ率、自然失業率の対応関係が問われました。
2020年 第8問では、失業率の分母が労働力人口であることが問われています。
2020年 第9問では、効率賃金、賃金の硬直性、メニュー・コスト、価格改定のしやすさが問われました。
2022年 第7問では、古典派モデルにおいて名目貨幣供給が増えても、物価と名目賃金率が同率で上がり、実質GDPには影響しないことが問われています。
2022年 第10問では、自然失業率仮説と長期フィリップス曲線について、期待インフレ率の調整後に失業率が自然失業率へ戻る整理が問われました。
2023年度再試験 第10問では、短期ASが右上がりになる理由として、名目賃金の硬直性と実質賃金の変化を読む問題が出ています。
2024年 第12問では、自然失業率仮説について、現実のインフレ率と期待インフレ率の大小から失業率と自然失業率の関係を判断する問題が出ています。
近年は、自然失業率仮説、AD-ASの傾きとシフト、短期ASと長期ASの区別が特に重要です。演習では、選択肢ごとに「雇用統計」「インフレ・デフレ」「AD-AS」「フィリップス曲線」「賃金・価格硬直性」のどれを聞いているかを先に書き込みます。そのうえで、名目と実質、短期と長期、曲線上の移動と曲線のシフトを順に確認すると、誤答を減らせます。