経済学・経済政策
重要租税と財政政策
租税乗数、ビルトインスタビライザー、財政赤字、クラウディングアウトを扱う。
この章で覚えておきたいこと
租税と財政政策では、政府支出や税が総需要をどの向きに動かすかを判断します。政府支出は総需要へ直接入りますが、減税は可処分所得を増やし、その一部が消費に回ることで効きます。この違いが、政府支出乗数と租税乗数の大小差になります。
まず、単純なケインズ型モデルでは、政府支出乗数は 、租税乗数は です。ここで は限界消費性向です。減税の効果を見るときは、租税乗数の符号ではなく絶対値 を見ます。
同額で比べると、政府支出増加の効果は減税より大きくなります。政府支出は1円がそのまま需要になりますが、減税は増えた可処分所得のうち の分だけが消費に回るためです。また、政府支出増加を同額の増税でまかなっても効果はゼロにならず、均衡予算乗数は1 になります。
財政政策の制度面では、ビルトインスタビライザーを押さえます。所得や利潤に連動する税、累進課税、非課税枠、失業給付は、景気変動に応じて税負担や給付が自動的に変わるため、景気の振れを和らげます。逆に、定額税や景気に左右されにくい生活必需品への消費税は、自動安定化機能が弱いと判断します。
国債発行や財政赤字では、クラウディングアウト、リカードの等価定理、課税平準化を混同しないことが重要です。クラウディングアウトは、財政拡張で利子率が上がり民間投資が押し下げられる現象です。リカードの等価定理は、家計が将来増税を予想して現在消費を増やさないという考え方です。課税平準化は、税負担の時間的な変動をならすために国債発行を使う発想です。
基本知識
財政政策の基本方向
財政政策は、政府支出、租税、公債発行を通じて総需要を調整する政策です。
不況ギャップがあるときは、総需要が不足しています。この場合は、政府支出を増やす、または減税することで需要を押し上げます。インフレギャップがあるときは、総需要が過大です。この場合は、政府支出を減らす、または増税することで需要を抑えます。
| 状況 | 経済の状態 | 財政政策の方向 |
|---|---|---|
| 不況ギャップ | 総需要が不足している | 政府支出増加、減税 |
| インフレギャップ | 総需要が過大である | 政府支出削減、増税 |
試験では、政策の向きを逆にした選択肢がよく出ます。インフレギャップなら需要を抑える、不況ギャップなら需要を増やす、という方向を先に固定します。
政府支出乗数と租税乗数
単純な生産物市場モデルを考えます。
ここで、 は所得、 は消費、 は投資、 は政府支出、 は租税、 は限界消費性向です。
この式を整理すると、所得は次のように表せます。
この式から、政策変数が所得に与える効果を読みます。
| 変化 | 所得への効果 | 理由 |
|---|---|---|
| 政府支出の増加 | 総需要へ直接入る | |
| 投資の増加 | 自律的支出として直接入る | |
| 増税 | 可処分所得を減らし、消費を減らす | |
| 減税 | 可処分所得を増やし、消費を増やす |
租税乗数にはマイナス符号が付きます。増税は所得を減らし、減税は所得を増やすためです。減税の効果の大きさを問われたら、絶対値 で考えます。
政府支出乗数と租税乗数の差は、直接効くか、消費を経由して効くかです。政府支出は1円増えると総需要がまず1円増えます。減税は、1円増えた可処分所得のうち 円だけが消費に回ります。したがって、同額なら政府支出増加の方が効果は大きくなります。
租税乗数を大きくする要因
租税乗数の大きさを決める中心は、限界消費性向 です。
が大きいほど、減税で増えた可処分所得が消費に回りやすくなり、減税の効果は大きくなります。逆に、限界貯蓄性向は なので、限界貯蓄性向が大きいほど、消費への波及は小さくなります。
ここで注意したいのは、基礎消費 、政府支出 、投資 の増加は所得水準を押し上げる要因ではありますが、租税乗数そのものを大きくする要因ではないことです。設問が「減税の乗数効果を大きくするもの」と聞いているなら、まず に注目します。
均衡予算乗数
政府支出を増やし、その財源を同額の増税でまかなうと、効果が完全に打ち消されるように見えます。しかし、単純なケインズ型モデルではそうなりません。
政府支出を 増やすと、所得は次の分だけ増えます。
税を 増やすと、所得は次の分だけ減ります。
同額、つまり のとき、差し引きは だけ残ります。
これが均衡予算乗数です。値は 1 です。
典型的な誤りは、「増税で財源をまかなうと効果はゼロになる」という判断です。増税は消費を通じて間接的に効くため、政府支出の直接効果を完全には打ち消しません。
ビルトインスタビライザー
ビルトインスタビライザーは、自動的安定装置とも呼ばれます。景気が変動したとき、政府がそのつど新しい政策を決めなくても、税制や社会保障制度が自動的に景気の振れを和らげる仕組みです。
| 仕組み | 好況時 | 不況時 | 安定化の理由 |
|---|---|---|---|
| 累進所得税 | 所得増で税負担が増える | 所得減で税負担が軽くなる | 可処分所得の振れを抑える |
| 利潤連動の法人税 | 利潤増で税収が増える | 利潤減で税負担が軽くなる | 企業所得の変動を吸収する |
| 非課税枠のある所得税 | 高所得時に課税対象が広がる | 低所得時に課税が弱まる | 低所得局面の負担を抑える |
| 失業給付 | 失業が少なく給付が少ない | 失業増で給付が増える | 所得減少を下支えする |
| 低所得者向け給付 | 好況時は対象者が増えにくい | 不況時に支えになりやすい | 消費の落ち込みを和らげる |
自動安定化機能が弱いものも押さえます。定額税は、所得や景気が変わっても税額が動きにくい税です。生活必需品への消費税は、支出が景気に左右されにくいため、所得や利潤に連動する税ほどは景気変動を吸収しません。生活扶助や失業給付の削減は、不況時の所得下支えを弱める方向です。
裁量的財政政策との違いも重要です。政府が補正予算や減税をそのつど決めるのが裁量的政策です。税率が一定でも、所得変動に応じて税収が自然に変わるなら、その部分は自動的安定装置です。
税収グラフの見分け方
租税制度は、税目ごとの性格をグラフで問われることもあります。所得税、法人税、消費税は、税収の動き方で見分けます。
| 税目 | グラフ上の特徴 | 理由 |
|---|---|---|
| 所得税 | 比較的なだらかに推移する | 家計所得に連動するが、法人税ほど大きく振れにくい |
| 法人税 | 景気で大きく振れる | 企業収益に連動し、好況・不況の影響が出やすい |
| 消費税 | 税率改定で段差が出る | 導入や税率引上げが税収の段差として表れやすい |
選択肢では、税目名を伏せたグラフから、段差が出る系列を消費税、景気で大きく振れる系列を法人税、その中間を所得税として判定する形が出ます。単年度の大小だけでなく、制度変更による段差と景気変動への反応を見るのが安全です。
地方税は補助論点として押さえる
このトピックでは、地方税そのものが主役になる問題も含まれます。ただし、マクロ財政政策の中心論点ではないため、試験では基本的な税目の対応を短く確認できれば十分です。
固定資産税は市町村税であり、課税客体には土地・家屋だけでなく償却資産も含まれます。法人住民税の均等割は、市町村が法人に課す税として出ます。事業所税は資産割と従業者割から構成されますが、都道府県税ではなく市町村税です。個人事業税は都道府県税で、原則として前年の所得を課税標準とします。
この論点では、税目名だけを覚えるのではなく、賦課主体と課税標準を組み合わせて確認します。
財政赤字と国債発行
財政赤字は、政府支出が税収などの収入を上回る状態です。不足分を国債発行でまかなうと、現在の増税を避けながら支出や減税を行えます。
ただし、試験では「国債を発行すれば必ず景気刺激効果が出る」と単純には問われません。次の考え方を区別します。
| 論点 | 見る対象 | 判断軸 |
|---|---|---|
| 課税平準化 | 税負担の時間配分 | 税率や税収の変動をならすために国債を使う |
| リカードの等価定理 | 家計の将来増税予想 | 国債発行は将来増税と同じと予想され、現在消費が増えにくい |
| 恒常所得仮説 | 一時的所得か恒常所得か | 一時的減税は消費を大きく増やしにくい |
| 流動性制約 | 家計が借入できるか | 手元資金に制約がある家計では、減税が消費を増やしやすい |
課税平準化は、国債発行を使って税負担を時間的にならす政府側の発想です。リカードの等価定理は、国債発行による減税や支出増を、家計が将来増税として織り込むため、需要刺激効果が相殺されるという家計側の行動仮説です。
両者は似て見えますが、見ている対象が違います。課税平準化は政府側、リカードは家計側の話です。
政府債務残高と対GDP比
政府債務は、残高そのものだけでなく、名目GDPとの比率でも見ます。債務残高を 、名目GDPを とすると、債務残高対GDP比は です。
債務残高が一定でも、名目GDPが伸びれば は低下します。逆に、利子負担が大きくなり債務が増える一方で名目GDPの伸びが弱ければ、対GDP比は上昇しやすくなります。
過去問では、名目経済成長率と利子率の大小を使って、債務残高対GDP比が低下しやすいか上昇しやすいかを問う形があります。比率を見る問題では、分子の債務残高だけでなく、分母の名目GDPがどう動くかを確認します。
また、国債残高の累増によって家計が保有する資産が増えると、消費拡大や貨幣需要増加を通じて利子率上昇圧力が生じる、という資産効果も出題されています。ここでは「貨幣需要が減る」ではなく、取引動機や予備的動機を含めて貨幣需要が増えやすいと読みます。
クラウディングアウト
クラウディングアウトは、財政拡張によって利子率が上昇し、民間投資が押し下げられる現象です。
IS-LM分析で見ると、政府支出増加や減税はIS曲線を右へ動かします。これにより所得が増える一方で、貨幣需要が増え、利子率が上がります。利子率が上がると投資が減るため、財政政策の所得押上げ効果の一部が打ち消されます。
クラウディングアウトの強さは、LM曲線の形で判断します。
| 状況 | LM曲線の形 | クラウディングアウト | 財政政策の効果 |
|---|---|---|---|
| 貨幣需要が利子率に反応しにくい | 垂直に近い | 強い | 所得増加は小さくなりやすい |
| 通常の貨幣市場 | 右上がり | 一部生じる | 所得は増えるが投資が一部減る |
| 流動性のわな | 水平に近い | 弱い | 財政政策は効きやすい |
典型的な誤りは、「流動性のわなでは政府支出が完全なクラウディングアウトを招く」という記述です。流動性のわなでは利子率が上がりにくいため、クラウディングアウトは起こりにくく、財政政策は相対的に有効です。
この章のまとめ
租税と財政政策では、最初に政策の向きを決めます。不況ギャップなら政府支出増加や減税、インフレギャップなら政府支出削減や増税です。ここを逆にすると、後の式が合っていても誤答になります。
乗数では、政府支出か税かを分けます。政府支出は総需要に直接入ります。税は可処分所得を通じて消費を動かします。したがって、同額なら政府支出増加の方が減税より効果が大きくなります。減税効果の大小を問われたら、限界消費性向 を見ます。
増税財源付きの政府支出では、均衡予算乗数を使います。同額の増税でまかなっても効果はゼロではなく、所得は政府支出増加額だけ増えます。均衡予算乗数は1 です。
ビルトインスタビライザーでは、景気連動性を見ます。所得、利潤、失業に連動する制度は強く、定額税や景気に左右されにくい課税は弱くなります。給付の拡充は不況時の下支えを強め、給付削減は弱める方向です。
財政赤字や国債発行では、どの理論を問うているかを分けます。課税平準化は税負担をならす政府側の話、リカードの等価定理は将来増税を予想する家計側の話、恒常所得仮説は一時的所得への消費反応の話です。
クラウディングアウトでは、利子率と投資を見ます。財政拡張が利子率を上げ、投資を減らすならクラウディングアウトです。LM曲線が垂直に近いほど強く、水平に近いほど弱くなります。流動性のわなではクラウディングアウトが小さいため、財政政策は効きやすいと判断します。
最後に、税収グラフや地方税の制度知識は補助論点です。消費税は段差、法人税は景気による振れ、所得税は比較的なだらかな動きで見分けます。地方税は、賦課主体と課税標準をセットで確認します。
一次試験過去問での出方
2007年 第7問では、財政政策の理論として、クラウディングアウト、流動性のわな、恒常所得仮説、リカードの等価定理を比較する問題が出ています。
2008年 第5問では、インフレギャップへの財政引き締め、租税乗数、均衡財政、自動的安定装置の区別が問われました。
2010年 第3問 設問2では、一般政府債務残高の増加について、資産効果、利子率、名目成長率と債務残高対GDP比の関係が問われました。
2011年 第25問では、地方税について、固定資産税、法人住民税の均等割、事業所税、個人事業税の課税主体と課税標準が問われました。
2013年 第8問では、一時的減税と公債発行について、生涯所得、子孫世代の負担、リカードの中立命題を使って家計行動を判断する問題が出ています。
2016年 第2問では、所得税、法人税、消費税の税収推移を、段差、振れ幅、なだらかな推移から見分ける問題が出ています。
2016年 第10問では、ビルトインスタビライザーについて、所得税の最高税率、低所得者向け給付、生活扶助、失業給付の改正が安定化機能を強めるか弱めるかが問われました。
2021年 第5問 設問2では、同額の政府支出増加と減税、増税財源付き政府支出、均衡予算乗数を比較する問題が出ています。
2023年第1回 第11問 設問2では、国債発行の理論として、課税平準化、古典派、流動性のわな、国債中立命題が比較されました。
2024年 第8問では、ビルトインスタビライザーとして機能が強い税の仕組みとして、累進的な法人所得税、定額税、生活必需品への消費税、非課税枠のある個人所得税が比較されました。
近年は、式の丸暗記だけでなく、「何が直接総需要に入るか」「所得や利潤に連動するか」「将来増税を家計が織り込むか」という判断軸を組み合わせて問う傾向があります。計算式は短く、判断軸は厚く押さえるのが得点につながります。