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NARITAI

企業経営理論

標準

取引コスト

取引コストと内部化・外部化を扱う。

この章で覚えておきたいこと

  • 取引コストとは、市場で取引するために発生する探索、交渉、契約、監視、調整、トラブル対応のコストです。
  • 取引コスト理論では、企業が活動を市場から買うか、自社内部に取り込むかを比較します。
  • 市場取引の取引コストが高いほど、内部化や垂直統合が選ばれやすくなります。
  • 資産特殊性、少数性、不確実性、取引頻度、機会主義は、内部化と外部化を判断する代表的な軸です。
  • 標準化された汎用品、多数の取引相手、品質確認が容易な取引は、市場取引やアウトソーシングと相性がよいです。
  • 特注品、専用設備、関係特殊投資、頻繁な仕様変更がある取引は、内部化や長期関係を検討します。
  • 内部化は万能ではありません。固定費、管理コスト、柔軟性低下、外部競争による改善圧力の低下も考えます。

基本知識

取引コストの意味

取引コストは、商品やサービスそのものの価格ではなく、取引を成立させ、維持するためにかかる費用です。たとえば、取引相手を探す費用、条件を交渉する費用、契約書を作る費用、相手が約束を守っているかを確認する費用、仕様変更に対応する調整費用、トラブル時の交渉費用が含まれます。

一次試験では、生産コストと取引コストを分けて読みます。規模の経済や範囲の経済は生産面の効率性です。一方、取引コスト理論の中心は、市場取引で生じる交渉、監視、調整、機会主義への備えです。

市場取引と内部化の判断

市場取引は、外部企業から調達する方法です。取引相手が多く、財やサービスが標準化され、品質確認が容易であれば、市場メカニズムが働きやすくなります。価格比較もしやすく、必要に応じて取引先を切り替えやすいからです。

内部化は、外部に任せていた活動を企業内部に取り込むことです。取引相手が限られる、特殊な設備やノウハウが必要である、仕様変更が多い、相手の機会主義が起こりやすい場合には、内部化によって調整や統制がしやすくなります。

ただし、内部化には組織管理コストがかかります。自社設備、人員、固定費を抱えるため、需要変動や技術変化への柔軟性が落ちることもあります。したがって「市場が常に効率的」「内部化が常に効率的」という断定は避けます。

機会主義とホールドアップ問題

機会主義とは、相手が自分に有利なように情報を隠したり、約束を都合よく解釈したり、相手の依存状態につけ込んだりする行動です。取引コスト理論では、相手が機会主義的に行動する可能性があるため、契約、監視、統制のコストが発生すると考えます。

ホールドアップ問題は、取引後に相手を替えにくくなった状態で、不利な条件を押し付けられる問題です。たとえば、特定顧客向けの専用設備に投資した後で値下げを求められる、特注部品に依存した後で供給条件を変更される、といったケースです。

試験では、「特定企業向け」「完成品の性能に不可欠」「取引先を替えにくい」「特殊設備」といった表現が出たら、機会主義とホールドアップ問題を疑います。

資産特殊性

資産特殊性とは、ある取引のために投資した資産が、他の用途や相手には使いにくい性質です。専用設備、特定顧客向けの生産ライン、相手企業だけに合わせた部品、企業特有の技能などが典型です。

資産特殊性が高いほど、取引相手を切り替えにくくなります。そのため、相手方の交渉力が強まり、機会主義やホールドアップ問題が起こりやすくなります。この場合、市場取引よりも内部化、垂直統合、長期契約、緊密な関係構築が合理的になりやすいです。

一方、業界標準の部品や汎用品は、資産特殊性が低い取引です。多数の供給者から調達できるため、市場取引に向きやすくなります。

不確実性と取引頻度

不確実性とは、将来の需要、技術、仕様、価格、供給条件などが読みにくい状態です。不確実性が高いと、契約時にすべての条件を定めることが難しくなります。その結果、後から調整や再交渉が必要になり、取引コストが上がります。

取引頻度も重要です。頻繁に繰り返される取引では、その都度契約や調整を行うコストが積み上がります。相手が同じで関係が長く続くなら、内部化や長期契約によって調整を安定させる意味が大きくなります。

ただし、取引頻度が高いだけで内部化が決まるわけではありません。標準品で代替先が多く、品質確認が容易なら、頻度が高くても市場取引で十分に管理できる場合があります。

完備契約とスポット市場契約

完備契約は、将来起こりうる状態をできるだけ織り込み、取引主体の権利と義務を詳細に定める契約です。契約履行のモニタリングや法的制裁の脅威によって、機会主義を抑える考え方と結びつきます。

スポット市場契約は、継続的な関係よりも単発の市場取引に近い契約です。多数の買い手と売り手が存在し、品質確認が容易で、取引相手を切り替えやすい場合に向きます。取引相手が限られている場合や、品質確認に大きなコストがかかる場合は、スポット市場契約が適切とはいえません。

試験では、完備契約を「将来の異なる展開を想定しない契約」とする記述や、スポット市場契約を「取引相手が限られる場合に適する」とする記述が誤りになりやすいです。

内部労働市場と階層組織

内部労働市場は、採用、配置、昇進、評価、育成などを企業内部で継続的に行う仕組みです。企業特有の知識や技能が必要な職務では、外部労働市場でその都度人材を調達するより、社内で評価情報を蓄積し、育成・配置した方が取引コストを下げやすいです。

階層組織では、命令、権限、評価、監視を通じて行動を調整できます。市場取引では契約で相手を縛る必要がありますが、組織内部では上司と部下、部門間調整、人事評価によって統制できます。

ただし、階層組織にも官僚制、調整遅れ、内部政治、固定費といったコストがあります。市場の価格メカニズムと階層組織の統制メカニズムを比較し、どちらの総コストが低いかを見るのが取引コスト理論の発想です。

垂直統合とアウトソーシング

垂直統合は、原材料調達、生産、物流、販売など、価値連鎖の上流または下流の活動を自社内部に取り込むことです。取引コスト理論では、資産特殊性、少数性、不確実性、機会主義のリスクが高い取引ほど、垂直統合が合理的になりやすいです。

アウトソーシングは、業務を外部に委託することです。標準化された業務、専門業者が多い業務、品質確認しやすい業務、ノンコア業務では、外部化によって効率化やコア業務への集中が期待できます。

アウトソーシングを戦略的に使う場合でも、委託先が増えれば調整は複雑になります。自社能力の強化に使う資金と、外注に伴う費用・便益を比べ、委託先の能力不足や非協力への対応も考えておく必要があります。

この章のまとめ

  • 取引コストは、探索、交渉、契約、監視、調整、トラブル対応のコストです。
  • 資産特殊性、少数性、不確実性、取引頻度、機会主義が高いほど、市場取引の取引コストは上がりやすいです。
  • 標準品、汎用品、多数の取引相手、品質確認容易なら、市場取引に向きやすいです。
  • 特注品、特殊設備、関係特殊投資、頻繁な仕様変更なら、内部化、長期契約、垂直統合を検討します。
  • 完備契約は機会主義抑止、スポット市場契約は多数当事者と品質確認容易性がポイントです。
  • 内部労働市場は、評価情報の蓄積により機会主義を抑えやすいです。
  • 垂直統合は取引コストを下げる手段になりえますが、固定費や柔軟性低下も伴います。
  • 選択肢では、「常に市場がよい」「常に内部化がよい」という断定を避け、条件を読んで判断します。

一次試験過去問での出方

2007年 第14問では、企業境界の決定要因として取引コストが問われました。内部労働市場では組織が個人を評価する能力が高まり、個人の機会主義的行動を抑えやすいという判断が正答でした。

2008年 第18問では、汎用品の部品Xと特注品の部品Yを比較し、市場取引と内製化の使い分けが問われました。標準化された部品は市場調達に向き、特注品や技術革新が絡む部品は内部化を検討します。

2012年 第9問 設問2では、アウトソーシングの戦略的活用が問われました。主目的は相乗効果や新規事業創造ではなく、コスト削減、効率化、コア業務への集中である点を押さえます。

2012年 第11問では、サプライチェーンにおける標準化部品と擦り合わせ型の違いが問われました。低価格な汎用部品は外部化しやすい一方、設計や生産計画の変更が頻繁な場合は外部企業との管理が複雑になります。

2013年 第6問 設問2では、完備契約とスポット市場契約が問われました。完備契約は詳細なモニタリングと法的制裁の脅威で機会主義を抑え、スポット市場契約は多数の取引相手と品質確認容易性が前提になりやすいです。

2013年 第7問 設問2では、部品メーカーの関係特殊投資と交渉力が問われました。特殊設備による部品が完成品の性能・機能に不可欠であれば、完成品メーカーに投資負担を求める余地があります。